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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和37年(ワ)122号 判決 1967年8月04日

原告 梁啓華

被告 日本鍛工株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金三八三万六〇〇〇円および内金二八六万四〇〇〇円に対する昭和三七年四月二八日から、内金九七万二〇〇〇円に対する昭和三八年一一月八日から、各支払済までいずれも年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は「主文同旨」の判決を求めた。

第二、当事者の主張

原告訴訟代理人は請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は被告に対し、昭和三三年二月二四日被告の株券八〇〇株を被告の営業に付随してなしている株券保管業務上の行為として寄託し、その際被告発行の株券預り証の交付を受けた。

二、被告は昭和三四年五月二五日原告の代理人と僣称する山本雄次郎に右株券を交付し、同人はそれを第三者に移転し、おそくとも昭和三五年五月末日までに全て株主名簿の名義書換を完了したため、原告に対する被告の株券返還債務は履行不能となつた。

三、その結果、原告は次のとおり損害を蒙つた。

(1)  (利益配当によつて得べかりし利益の喪失)

被告は昭和三五年乃至昭和三七年度の各五月および一一月期、昭和三八年度の五月期の計七期にわたつて、一株につきそれぞれ金五円の割合による利益配当をしたところ、内二割は源泉徴収所得税として控除せられるので、それを差し引いた一期の利益配当額は金三万二〇〇〇円になるから、七期分合計金二二万四〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(2)  (新株引受によつて得べかりし利益の喪失)

(イ) 被告は昭和三五年五月三一日午後五時現在の株主名簿記載の株主に対し、その所有株式一株につき新株式一株の割合による新株発行をしたが、その発行価額金五〇円の内金二〇円については再評価積立金をもつて組み入れられた結果、新株引受人は一株につき金三〇円を被告に払い込むことにより、新株一株を取得し得るものであり、右新株発行当時、被告の株式の価格は金二二〇円であつたから、新株引受人は一株につき金一九〇円の利益を得べかりしところ、原告は本来八〇〇〇株の新株引受をなし得たにも拘らず、被告の上記債務不履行によりそれをなし得なかつたのであるから、合計金一五二万円の得べかりし利益を喪失した。

(ロ) また、被告は昭和三六年五月三一日午後五時現在の株主名簿記載の株主に対し、その所有株式二株につき新株式一株の割合による新株発行をしたが、その発行価額金五〇円の内金一〇円は無償であつたため、新株引受人は一株につき金四〇円を被告に払い込むことにより新株一株を取得し得るものであり、右新株発行当時、被告の株式の価格は金一九二円であつたから、新株引受人は一株につき金一五二円の利益を得べかりしところ、本来、原告は八〇〇〇株の新株引受をなし得べきに拘らず、それをなし得なかつたのであるから、合計金一二一万六〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(ハ) 更に被告は昭和三八年五月三一日現在の株主名簿記載の株主に対し、その所有株式二株につき新株一株の割合による新株発行をしたが、その発行価額金五〇円の内金五円は無償であつたため、新株引受人は一株につき金四五円を被告に払い込むことにより、新株一株を取得し得るものであり、右新株発行当時、被告の株式の価格は金一一八円であつたから、新株引受人は一株につき金七三円の利益を得べかりしところ、本来ならば、原告は一万二〇〇〇株の新株引受をなし得べきに拘らず、それをなし得なかつたのであるから、合計金八七万六〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

四、以上の各損害は通常生ずべき損害であるが、仮に通常生ずべき損害でなく、特別の事情によつて生ずる損害であるとしても、株式喪失当時の昭和三五年五月三一日には、既に被告において増資による新株発行が計画されていたのであり、唯代表取締役の死亡により、その実施が遅れていたに過ぎず、又当時被告において年二割の割合による利益配当が継続して行われており、景気の上昇期にあつて、いわゆる増資ブームによる新資本の導入が図られていたのであるから、かかる事情は被告において当然予見し或いは予見し得べかりしものであつたといわなければならず、いずれにせよ、被告は右損害賠償の責任を免れることはできない。

五、よつて、原告は被告に対し、右損害合計金三八三万六〇〇〇円と、内金二八六万四〇〇〇円に対する本訴状送達の翌日である昭和三七年四月二八日から、内金九七万二〇〇〇円に対する請求の趣旨拡張申立書送達の翌日である昭和三八年一一月八日から支払済まで商事法定利率内の年五分の割合による損害金(仮に右寄託契約が商行為に非ずとしても、民事法定利率による同額の損害金)の支払いを求める。

被告訴訟代理人は、請求原因事実に対する答弁並びに抗弁として、次のとおり述べた。

一、被告が原告から八〇〇〇株の株券の寄託を受けたことは認めるが、それは被告の業務に付随してなしたものである点は否認する。原告において自ら保管すべき金庫がないから預つて欲しい旨懇請するので被告としては一般人の株券保管は業務ではないが、株主の依頼として断り切れず止むなく保管していたものである。以下のとおり被告の右株券の返還債務は既に消滅したものであるから、履行不能になつたということはないし、仮に履行不能になつたものとしても以下のとおり被告の責に帰すべき事由によるものではない。なお、履行不能になつた時期は、株主名簿の名義人が第三者に変更された時点ではなく、山本雄次郎に本件株券を騙取された昭和三四年五月二五日である。又原告主張の各損害発生の点は否認する。即ち、被告は本件返還債務の履行不能による損害賠償は、大阪高等裁判所昭和三七年(ネ)第七六四号および昭和三八年(ネ)第六四八号併合事件の確定判決に基き、金一九八万四〇〇〇円を原告に弁済したから、既に完了しているのであつて、右賠償額以上損害ありとしても損害発生との間に因果関係なく、因果関係ありとしても通常生ずべき損害ではなく、特別な事情によつて生じたものあり、かかる特別な事情は被告において予見し、或いは予見し得べきものではなかつたから、これが賠償の義務なきこと勿論である。

二、(株券返還債務の弁済による消滅)

昭和三三年一一月二四日原告の代理人梁維新が本件株券を寄託するに際し、同人は山本雄次郎を同伴して、被告方に来り、被告庶務係員に対し、「私はこの人に株を買つて貰つたり、売つて貰つたりしている。自分は株のことはわからないし、多忙で出張不在勝ちであるので株のことは一切この人に委している。」と右山本雄次郎に代理権を付与している旨表示した。昭和三四年五月二五日右山本雄次郎が被告庶務係に来て「梁啓華が株の預り証を紛失したから、新たに領収証を発行する故、株券を返還して貰いたい。」旨要求してきたので、被告は原告の代理人たる右山本雄次郎に対し、本件株券八〇〇〇株を交付して弁済した。仮に右山本雄次郎が原告から、右の点につき代理権を与えられていなかつたとしても、右の如く、原告代理人梁維新が代理権を授与した旨表示したものであるから、民法第一〇九条所定の表見代理に該り、また、右表示が株券返還の点に関する代理権授与の表示ではなかつたとしても、同法第一一〇条所定の表見代理に該当し、いずれにしても、被告としては代理権を有すると信じ、且つ、そう信じるにつき正当な理由があつたわけであるから、その責を免れるものである。

三、(帰責事由の不存在)

本件寄託契約は無償であるから、被告は受託物たる本件株券につき自己の財産と同一の注意義務を払つて保管すれば足るものであるところ、被告の庶務係員は大学卒業間なしの若者であり、同人としては、右山本雄次郎に株券を返還するに際し、代理権の存在を再確認した上、返還したのであつて、相当慎重な注意義務を尽したのである。

被告は原告に対し、昭和三四年二月中、および同年三月二〇日の二回にわたり、書面で以て、本件株券の引き取り方の催告、即ち履行の提供をしたにもかかわらず、これに応じなかつたのであるから、受領遅滞に陥つていたものであり、それ以後、不履行に基く危険は、一切原告が負担するに至つたといわなければならず、また、もともと、本件株券返還債務の履行不能は、第三者たる山本雄次郎の犯罪行為に基因して発生したものであるから、被告の責に帰すべからざる事由によるものである。

なお、原告代理人梁維新は被告に対し、本件株券を寄託するに際し、前示の如く、その言動によつて、被告をして右山本雄次郎が原告の代理人であると誤信するに至らしめ、その結果、被告は右山本雄次郎の詐欺に陥つたものであるから、原告は右山本雄次郎の犯罪行為の実行を助成した共同不法行為者であり、その責に任ずべく、被告には何ら責はない。しからずとしても、少なくとも原告にも過失があるから、充分斟酌されるべきである。

原告訴訟代理人は右抗弁事実に対する答弁として次のとおり述べた。

本件寄託契約が無償であつたこと、および原告が被告から被告主張の経緯により金一九八万四〇〇〇円の支払をうけたことは認めるが、その余は争う。

被告は注意義務の具体的軽過失の点につき庶務係個人を云々するが、保管者は係員個人ではなく被告自身であり、被告は一流会社として庶務係を設けて株式に関する事務処理にあたつており、通常人に比し知識経験も豊富で高度の注意力を有しているものであるから、被告の過失は自己の財産におけると同一の注意義務をも欠く重大な過失によるものである。

又被告は危険負担をいうが、本件寄託契約は双務契約ではないから問題にはならず、株券の返還請求をなしたものであるから受領遅滞にもならない。

第三、証拠<省略>

理由

原告が被告に対し、昭和三三年一一月二四日被告の株券八〇〇〇株を寄託したこと、被告が山本雄次郎に対し、昭和三四年五月二五日右株券を交付したこと、前記寄託契約により被告が原告に対して負担した返還債務の履行不能による損害賠償として、原告が被告から大阪高等裁判所昭和三七年(ネ)第七六四号および昭和三八年(ネ)第六四八号併合事件の確定判決に基き、金一九八万四〇〇〇円の弁済を受けたことは、当事者間に争がない。成立に争のない乙第二号証によると、右判決は第三者が善意取得したと認められる昭和三五年三月末日を履行不能時とし、履行不能時における株式の価格を履行に代る損害額とし、一株につき金二四八円、八〇〇〇株分合計金一九八万四〇〇〇円の支払いを命じたものであることが認められる。ところで、原告は右以外になお不能時以後原告においてなした利益配当並びに新株発行により、得べかりし利益の喪失があつたものとして、本訴請求に及んでいる。そこで、原告主張の損害の性質及びこれが賠償請求の当否について考えてみよう。

一般的に、履行不能により本来の給付を受領し得ない者は、それによつて生じた損害が相当因果関係の範囲内のものである限り、全損害の賠償を請求し得る筋合であつて、履行不能につき何らの過失なき債権者は、履行不能によりいかなる損害も甘受すべきいわれはないから、履行不能によつて通常生ずべき現実の損害はもとより、将来その物を使用収益し難いことによつて生じる損害も、法定の制約をうけつつも、全て賠償請求し得るのを本則とする。しかしながら、その反面、重複賠償を受け得るような結果を生じることは、これを避けなければならない。元来、物品給付の債務の履行不能による損害の填補賠償額は、目的物の履行不能時における交換価格によつて算定するを相当とするところ、交換価格がいかなる要素によつて形成されるかは、一概に断じ難いけれども、将来目的物を使用収益することによつて得べき利益如何の評価が、現在における交換価格を決定する要素の大部分を占めていることは、明らかであるから、債権者が履行不能時における目的物の交換価格をもつて定められた賠償の支払いを受けたものである限り、その賠償額には、将来通常の用法により使用収益することによつて得る利益は、全て評価されているというべきであり、もはや債権者は更に将来における使用価格の賠償を請求することはできず、もしこれを認めるならば、重複賠償を認める結果となり、その不当であることは明らかである。従つて、債権者としては精々債務者に対し、右填補賠償金の支払いをなすまでの間の遅延損害金の支払いを請求し得るにとどまり、唯、債権者において特別の技術、技能等を備え、目的物の特殊の使用収益により、特別の利益を得べかりし時は、その事情を債務者において予見し、又は予見可能であつた限り、別個に請求し得る余地が考えられるのに過ぎない。

これを本件についてみるに、株式は多数の者から資本を集めるための技術的考慮から株主たる地位を細分化し、これを証券に表象したもので、株式会社の規模が大きくなればなるほど、資本と経営は分離し、被告の如き規模の株式会社(被告の規模がかなり大きいことは、成立に争のない甲第八号証の一乃至三によつて、認めることができる)において、一般株主は株式を取得する場合その経済的利益のみを対象とするから、株価は市場において通常当該会社の現在および将来において生み出す経済的利益の見込みを如実に反映して決定され(経営権を取得するための買占め等の特殊な場合は除く)、業績が向上し利益配当がある見込みが立つと配当含みとして直ちに株価に反映して値上りし、増資の行なわれる見込みが立つと、増資含みとして株価に反映する反面、それらが済んだ後は配当落ち、増資落ちの現象を呈して値下りし、又将来収益力を生み出す好材料があると、株価に反映して値上りし、悲観材料しかない場合は、株価に反映して値下りする等資本主義経済の生み出した特殊の財としての株式の価格は、すぐれて合理的要素によつて決定される。従つて現時点において示す株価は、当該会社が将来株主にもたらすであろう利益配当並びに増資に基く新株引受権等の経済的利益の全てを評価しているものに他ならず、交換価格決定の前述の論理は、株式において最も適切に適用し得るものである。そうすると、原告において履行不能時における八〇〇〇株の株式の時価の賠償を受けている以上、もはや更にそれ以後になされた利益配当並びに新株引受権喪失による損害の賠償請求は、なし得ないものというべきである。(なお、株主が利益配当をうけたり、新株の引受をしたりすることは、別に特別の技術、技能を要するものではないから、予見又は予見可能性を問題にして、それらの喪失による損害の賠償を考慮する余地はない。)仮に原告の主張が正当なものとすれば、被告において存続する限り、利益配当並びに新株発行の都度、将来無限に原告に対し、賠償責任を負わなければならない反面、原告において無限に利益を受けることになり、重複賠償の批難は免れ難い。原告においてかかる利益をも得ようとするならば、交換価格によつて賠償を受けた金員によつて、被告の株式を買い入れることにより、たやすくかかる利益を手中にし得たわけであるから、この観点に立つ限り、原告において交換価格による賠償以外に何ら賠償請求し得る損害のないことは明瞭であり、原告において請求し得るのは、履行不能時から填補賠償の支払いを受けるに至るまでの間の法定利率による遅延損害金に止まること、上記説示のとおりである。

以上のとおり、原告主張の履行不能時以後における利益配当並びに株新引受権喪失による得べかりし利益の賠償を請求するのは、履行不能時における交換価格による賠償を受けている以上、もはや請求し得ないものというべきである。

よつて、他の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂上弘 久末洋三 渡部雄策)

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